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「極東ブログ」の書評より。
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2010/06/post-f35b.html
「美子さん、正彦をどんなことがあっても戦地に送ってはいけないですよ。そのときには私が正彦の左腕をばっさり切り落としますからね。手が不自由になれば、招集されることはありませんよ。右手さえあればなんとか生きていけますから」
私もいざとなれば子供たちの腕を切り落とすのだろうか。
ま、うちの子たちは半分アメリカ人だからさっさと国外逃亡だな。
突然だが、私は算数(>あえて数学とは言わない)が好きだ。普段は腹黒でというか余計な事ばかり画策してしまう脳髄が、計算をしている時だけクリアになるのが自分で分かる。無になるのだ。音楽活動をしている時や本を読んでいる時ともまた違う爽快感を味わえる。ただ、学生時代にさぼりすぎたため、微分積分やらになると、なんのこっちゃか全然分からんようになるのが悔しい(恥)。もう少しちゃんと数学を学んでいれば、夫にふられた物理ネタにも喜々として食いつくことができるのに・・・。いや、だからといってあのおバカな濫読青春時代を否定する気もないが。
日本にいた頃は音楽を教える傍ら、家や学習塾で数学も教えたりと趣味に勤しむ毎日だったが、アメリカに来てからはにっくき宿敵(!)英語に翻弄され、算数のサの字すら出てこない日々。(音楽活動に限っていうと、語学レベルうんぬんよりも、経験に基づく「気合い」さえあれば乗り切れることが分かっていたので、楽ちん楽ちん。)
そんなこんなであっという間にアメリカ生活も4年が過ぎたころ、ふと思い立って算数のクラスを受講してみようという気になった。PCC(パサディナシティカレッジ)で開講されている一番下のクラスに、レベル分け試験も受けないまま潜りこんだ2008年、秋のセメスター(学期)。月曜~金曜まで毎日1時間半。いや、これがまた、中1レベルというか小学生レベルというか、やってることはどえらく簡単。計算だけなら目をつぶっていてもすらすら解ける。私にとって何が問題かというと、やはり「英語」。実は音楽以外でこれがはじめての「ネイティブ向けクラス」の受講だったため一般のアメリカ人向けの授業スピードに戸惑い、さらに数字を全部英語で言わるので頭がこんがらがり、知っているのに英語で全然説明できない自分に腹が立ち、分数の言い表わし方が違うだけでドキドキし、文章題には苛々し、授業に慣れるまでかなり時間を要した・・・。慣れてからは、授業を受けるというより、教育実習気分というか、アメリカの授業の進め方、教材の使い方、宿題の与え方、生徒の扱い方、試験の仕方、そして個人の数学レベルの差、授業への取り組み方に興味が向くようになった。
まず初めに潜り込んだクラスが一番下のクラスだったせいか、少なくとも高校は出ているはずなのに全然計算ができない生徒が何人もいることにびっくり。
でも彼ら曰く「算数は好きだ」・・・と。
・・・は、はい?
何じゃ、
この違和感は?
いろいろ調べてみると、アメリカの小中高の教育現場に存在する「生徒は楽しく学ぶべき」という共通概念が問題(?)になっているらしい。「日常の身近な生活」に基づく算数・数学・・・と捉え、自主的に興味を持たせることに終始するのだそうな。少しでも難しい計算はすべて電卓頼み。(聞いたところによると、理系の大学院生でも計算が苦手な人が多いらしい。そりゃ、計算なんかでけへんようになるわな。落ちこぼれも増える訳や。・・・。それでもその「楽しい」授業の中で、数学の真の面白さや、数学の美しさに取りつかれて、自分で数式を編み出しちゃったりする子供も何人かは出てくるわけで、アメリカの教育現場はそういう才能を持つ子供の後押しには助力を惜しまないようだ。(もちろん数学だけに限らず、英才教育推進国やしね。)
ふむふむ。なるほど。アメリカの格差社会そのものやね。
確かに日本のように公式だけを覚えて延々と計算問題を解かされているだけだと、計算能力は身につくが、一体それが物理法則(物事の理)とどう関わっているのか分からず、結局は「数学アレルギー」な生徒を大量生産。教える方は楽やな。ああ、それの流れを変えようとしたのが、例の「円周率は3」がモットーの(>違)「ゆとり教育」か。その結果、格差は確かに広がったようだが、日本は元々「天才」やら「ヒーロー」を後押しする許容枠っちゅうか文化的素地がないので、単にレベルの低い生徒が増えただけなんじゃなかろうか?言っちゃあ悪いがアホ養成教育?上見て暮らすな下見て暮らせ~ってか。・・・ま、「ゆとり教育」も方向転換期を迎えているようなので、今後が気になるところ。
詰め込み教育の利点は、上司の言うことを聞いてその通りに動く人間を養成できること。
ゆとり教育の利点は、時間的余裕ができた分、同世代の人の顔色を読めるようになること。
だがそれでよい訳なかろう。
これからの日本に必要なのは世界的視野。
このままの民度だとそれこそ日本沈没まっしぐら。
沈みゆく国。・・・いいねえ(笑)。
ちょっとそこの文科省、頑張らなあかんで、しかし。
もしくは官僚の総入れ替えから手をつけるべきか?
極論だが個人的には官僚をすべて海外から外注するのも手かと思う。
そして総理大臣には李登輝かカルロス・ゴーン、もしくは孫正義。
・・・これが有名ブログだと炎上間違いナシやね(爆)。
そういえば孫正義はカリフォルニアで大学の試験を受ける際、「日本語だったら絶対に解ける」と言って辞書の使用と時間延長を州知事に直接電話で求め、最終的に要求を飲ませたそうな。そうだよ、そうなんだよ。数学の文章題も日本語だったら簡単に解けるんだよ・・・(泣)。私もシュワちゃんに直接電話すりゃあ、あの一問で苦労せずに済んだのにー。くそー。(>違)
おっと閑話休題。
\(・_\)それは (/_・)/置いといて、
私が受けたアメリカの授業で感じたことをば。
結局去年の秋から、3セメスター(学期)連続で数学の授業を受け、3人の先生の授業を体験した。(ようやく高1レベルまで来たかな~?対数logの計算とか、関数電卓使ったりとか。)英語を毎日シャワーのように聞いているうちにヒアリング能力がアップしたような気がする・・・ってのはさておき、アメリカの(一応)大学の授業が日本よりもちゃんとしていることに感動。毎日毎日山のように出る宿題にニヤニヤするのはさておき(私でも毎日2~3時間は宿題をやっていたから、計算が遅い人は4~5時間くらいかかっていたんじゃなかろうか?)、毎日ちゃんとそれをチェックする先生も凄い。小テストも日本の大学では考えられないくらい多いんじゃないだろうか?もちろんついていけない生徒は途中でドロップアウト。試験も厳しいのに日本のようにお情けで単位だけもらえるなんてありえない。生徒の側にしても、日本のようにただ受身な姿勢でいるのではなく、ささいなことであっても自分が納得するまで質問しまくるのだ。「恥」の概念がないのはモノを学ぶ時にはいいことだ☆(夫によると、特に関東の学校は授業中、質問がほぼ出ないらしい。世界標準からずれているのか、関東人。)
こないだ終わったばかりの
2009年春セメスターでの筆記宿題!!!!
約5センチ。
これ以外にオンラインでの宿題も・・・。
妊娠していなければこの夏も「趣味の算数」を続けたのだが、そういう訳にはいかないので、ひとまず休憩。9月に入ったら復活しよかな。子供?もちろん預けるかベビーシッター。
だってそう、ここはアメリカ~♪
>ええんか、これで・・・。
ボルティモアにいたときは、「レッドカヌー」という地元のアカペラマドリガルグループ、「ボルティモア歌音」という日本人音楽家グループ、「ヘンデル聖歌隊」という合唱グループに参加していました。
パサディナに来てから「パサディナ・プロ・ムジカ」という合唱グループにも入ってみましたが私のやりたいこととは少し違うので一年もたたないうちに脱退・・・。で、現在は、近所のPCC(シティカレッジ)で演奏系のクラスをいくつか受講しています。
PCCの何がいいかというと、まずLAエリアだからか指導者の質が高いということ。世界に通用する演奏家が集まっています。そして、いろんな生徒がうじゃうじゃいるってこと・・・かな。趣味の初心者、大学を目指す人、大学院を目指す人、演奏家、退職後暇を持て余している元演奏家、私と同じようにすでにDegreeはもっているものの演奏の機会に恵まれない人・・・など、ありとあらゆる年齢の様々な人種が通っています。
で、私は今学期、3つのクラスのコンサートに参加しました~。
① 6月4日(木)【室内楽コンサート】
室内楽といっても、写真のように何故か管楽器受講者が多いこのクラス。声楽家の参加者がいつも私一人というのが哀しい。(室内楽に興味のある歌い手って少ないなあ・・・。)受講者総勢40人くらいが毎週小グループに分かれいろんな教室で好きなアンサンブル曲を練習し、4名の担当の指導者が入れ替わり立ち替わりアドバイスをしてくれます。
この日私が演奏したのは、バッハのカンタータ98番の中の"Hort, ihr Augen auf zu weinen" というアリア。オーボエのIlana、そしてピアノのVickiと一緒に演奏・・・するはずが前日Vickiの具合が悪くなり、急遽指導してくれているDr.Cindi Williamsの伴奏に変更・・・。ま、うまくいったのでいいんですが、Vickiの容体が心配ぢゃ。(さらもう一曲、フルート8人くらいにまざって簡単な現代曲のスキャットみたいなのも担当しました。)
チューバなどの低音楽器の演奏に反応するうちの胎児たちが面白い。低音楽器が続くと突如としてうにょんうにょんと踊り始める・・・。元気でなにより。
②6月5日(金) 【伴奏クラス・演奏法クラスコンサート】
伴奏ピアニストとして、世界的に有名な演奏家の伴奏をバリバリこなしていたMs.Stiversが指導する伴奏クラス。オーディションにより組んだピアニストと二人組になって、2週間に一度、レッスンがあります。プロの伴奏者の視点からのアドバイスがとても興味深く、一つの曲を深く追求するにはとてもよいクラス。気がつけばまるまる2年間、Ms.Stiversにお世話になっています。
今回の私の伴奏者は韓国人のJenny。私と同じように母国でDegreeを取得し、現在はピアノの先生をなさっているとても綺麗な奥様なのですが、声楽の伴奏はこれが初めてだということで、この数か月、お互いにちょっと苦労しました~☆
そんな私たちが演奏したのは3曲のフランスモノ。
フォーレ「マンドリン」・「私たちの愛」
サティ「ランピール劇場の歌姫」
実はサティって乙女なおっさん臭がして苦手なのですが(爆)、この曲に関しては別。私の声にも合っていて皮肉で楽しいキャバレーソング(?)なので、今後レパートリーに入れておきたいひとつ。
この日のコンサートは、チューバにはじまり、フルート、オーボエ、バイオリン、クラリネット、トランペット、声楽(私ともう一人、テノールの人)・・・とバラエティ豊かで、しかも演奏レベルも高くてとっても楽しめました♪うん、楽しかった。
ちなみに、この日はうちの夫も見にきてくれました。
Ms Stivers と。
③6月7日(日) 【ギターアンサンブルコンサート】
私が受講しているのは初心者クラシックギターのクラスなのですが、私が声楽家だと知っている先生(Mr.Jones)が、アンサンブルのクラスのコンサートに、いつもゲスト出演させてくださるのです。伴奏はAndrewという20代半ばくらいのまあまあ弾けるギタリスト君。
今回はヴィラ・ロボスの「ブラジル風バッハ」を演奏。・・・この曲はこの数年間、何度も舞台で演奏しているのだけれども未だにしっくりきません・・・。いつの日か納得して歌える日がくるといいなあ・・・。
そゆわけで、妊婦姿で、楽しく3本終了。
産後もまた演奏の機会を得られますように。
5月30日(土)
・・・さらに中華の帰り、
29日に公開したばかりの映画【UP】を早速観に映画館へ。
(邦題は【カールじいさんの空飛ぶ家】。)
3-D版と2-D版を選べたが、やはりりここは3-D☆(…ドリームワークスのクリエーターさま方たちと仲良くさせていただいているので3-D映画が気になって気になって…ってこれはピクサー&ネズミだが。)
で、【UP/カールじいさん】。
会場の入口で3-Dメガネを貸与されるのだがごっつい兄ちゃんがモノモノしい顔で配っていて怖い怖い(笑)。 しかもこのメガネ、一応簡単にはレンズを拭いてくれるが子供がポップコーンを食べた手でレンズを触るせいかあまり綺麗じゃないのだ。 そゆわけで、メガネ拭きもしくはペーパーを持参すべし。 (トイレなどで一旦会場を離れるだけでも返却しなきゃならないってのも厳しい!)
私達は上映時間ぎりぎりに到着してしまったため、 前から2列目という嫌な席に。 それだけでも首が痛いのに、3-Dだから疲れる疲れる…。 上映時間が短くてよかった~。
映画自体は、予想よりはるかに面白かった。 笑いあり涙あり、出会いあり戦闘あり。 ・・・悔しいけれど結構やられた。くそう。 3-Dということで、目が疲れないように配慮しているらしく、ドタバタだけでなく、しっとりしたシーンもうまく挿入されており 子供も大人も十分楽しめる映画だった。
確かに「宮崎作品へのオマージュ」とプロデューサーが言うとおり 宮崎アニメを思い起こさせるシーンが満載。年寄りが戦う戦う☆
宮崎モノと比べて良かったのは、おかっぱロリ女が出てこないこと(爆)。
物足りないのはおかっぱ美少年or美青年が出てこないこと(笑)。
ヒロインはインディペンデントなプロトタイプアメリカ女じゃないし、
ヒーローの爺さんも無口だし、
犬がいっぱいでてくるってのもツボ。>犬キチなわし
あ、関係ないけど、愛子さまに大嫉妬。
うちも皇室なら犬飼えるのにー。いいなあゆりちゃん・・・。
もしくはアメリカ大統領ならボーちゃん飼えるのにー。>まだ言うか。
今回に限らず、ピクサーは映画を作る時に海外市場をまず視野に入れまくっているような気がする。【UP/カールじいさん】にしても、アジア人もしくはヨーロッパ人が好きそうなゆるゆる感があり、ハリウッド映画のスピード感が好きなアメリカ人には受けなそう。 (これにひきかえ、確かにドリームワークスはむっちゃアメリカ視点☆これがまた結構自然に楽しめる・・・ってのは私がアメリカ生活に馴染んできたっていう証拠なのかも。興味深い。ってか、素直に、カンフーパンダは面白かったデス。)
ちゅうか3-Dメガネで観た大空のシーン、やっぱり圧巻!!
3-D映画なんて、子供の頃に青赤メガネで見て以来なのぢゃが、
最新の技術はスゲエ。おそれいりました。
クリエーターさんたちに拍手☆
私に白衣やナース服に対する萌え属性はないので多くを語るつもりはないが、それでもやはり制服好きとしては口をはさまずにいられないので、少しボヤキ。(>どっちやねん。)
先日HuntingtonHospitalを訪れた際、大昔のナース服ドールが展示されているのを発見。大昔、この病院で実際に使用されていたナース服のようだ。日本でもよく見かけるワンピースタイプ。当時のアメリカでは医者も、もちろん白衣着用。
だがしかし!
アメリカに来てから、どこの病院でも白衣を着た格好いい医者にも、ナイチンゲールのようなワンピースを着たナースにも出会わない。・・・彼らが着ているのは全身同色のスモッグというか、囚人服というか、全然萌えない(=心踊らない)ユニフォーム・・・。(・・・Dr.BradreyもDr.Julian-Wangも大抵、私服。医療関係者かどうかも判別不能な時が多い。)
←アメリカで見かける医療用ユニフォーム。(ネットで拾った写真たち)
調べてみるとこれは「スクラブ (SCRUB) 」と呼ばれる新世代ユニフォーム。
アメリカでは90年代に入った頃から、従来の白衣&ナース服は患者に恐怖感・緊張感を与えるとして批判が高まったのだそうな。そこで取り入れられたのが、元々手術室での術衣だったこのスクラブ。患者がリラックスでき、医者もナースも機動力がUP。現在ではほとんどの病院で着用されているとか。日本をはじめ(>海外ドラマの影響か)、世界中で少しずつ採用する病院が増えているらしい。
確かに「属性」というものは裏を返せば「セクハラ対象」なのだし、従来の白衣やナース服をはじめとする型に嵌った制服は時代遅れの権威主義の象徴なのかも知れない。看護婦でなく、性別を問わない看護師へと、とっくの昔に名称も変わったのだ。これからの時代「開かれた病院、身近に感じられる医療関係者、機動力のある性差を問わないユニフォーム」が求められるというのは当然の流れなのだろう。
・・・ただ、個人的にはやはりどうも受け入れ難いのぢゃ。そうでなくともほとんどのアメリカ人は普段からリラックスしまくりなので、医療関係者くらいは背筋を伸ばして毅然とした姿でもいいんじゃないかと思うのぢゃ。特に大声で雑談しながらオヤツばっかり食べているブヨブヨな受付嬢ちゃんにモノ申す!
参考ページ
http://www.dryumi.com/?p=216
http://www.e82.jp/blog/
http://en.wikipedia.org/wiki/Scrubs_(clothing)
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